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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1389号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

〔申立て〕

<控訴人ら>

「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求める。

<被控訴人ら>

主文第一項と同旨の判決を求める。

〔主張〕

次のとおり訂正するほか、原判決摘示のとおりである。

1  原判決四枚目裏一行目の「富士宮市長」を「市長」と改め、同行から二行目にかけての「部長級の管理職員」を「部長級以上の幹部職員」と、四行目の「陳述」を「説明」とそれぞれ改め、七行目の「植松義忠富士宮市長」の次に「(以下「植松市長」という。)」を加える。

2  同五枚目裏四行目の「相関連」を削り、同六枚目表五行目の「指名業社」を「指名業者」と改める。

3  同七枚目表四行目の「別紙」を「別紙(二)」と改める。

4  同八枚目表九行目の「強要し」から末行の「引換に」までを「強要し、控訴会社はやむなく富士宮市発注の工事を被控訴会社に下請させたこと、右下請をさせるのと引換に」と改める。

5  同二六枚目表末行の「指名義者」を「指名業者」と改める。

〔証拠〕

記録中の原審及び当審の証拠目録記載のとおりである。

理由

一請求原因(一)、(二)1の事実、同(二)2のうち控訴人義孝、同理が「訴願書」、「経過説明書」を作成し、富士宮市議会議員二四名全員と助役、総務部長に送付し、昭和五七年九月一二日開催の富士宮市議会全員協議会において右各文書の内容を説明したこと、同(二)3のうち控訴人理が右各文書に関しテレビのインタビューに応じたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二成立に争いがない甲第一、二号証、原本の存在及び成立に争いのない分離前の静岡地方裁判所富士支部昭和五七年(ワ)第一七六号事件の乙第三号証(以下同事件について提出された書証は「一七六号事件乙第三号証」というように表示し、本件について提出された書証を表示する場合には事件番号を付さない。)によると、「経過説明書」の全文が原判決別紙(三)記載のとおりであること及び「訴願書」の内容には被控訴人らに対する事実の摘示はないことが認められ、本件で問題とすべきは「経過説明書」の内容が名誉毀損に当たるか否か、これについて真実性の証明がなされたか否かである。

三経過説明書における摘示事実

(一)  被控訴人らは、経過説明書中に被控訴人稲葉と植松市長との間に贈収賄の関係がある旨の事実摘示があると主張するところ、経過説明書中には「私(控訴人義孝)は二人の間には相当深い関係があるなと思いまして、」という部分があるが、その表現に具体性はなく、文脈の中で右にいう「深い関係」が贈収賄の関係であると読みとれるものではなく、他に贈収賄の関係があると摘示している部分はないから、被控訴人らの右主張は理由がない。

(二)  経過説明書の要旨は、控訴会社は昭和五五年六月上旬ころ植松市長から、被控訴人稲葉の同席するところで、被控訴人稲葉に世話になつているので被控訴会社を指名業者にしたいから、控訴会社の下請として使い実績をつけて欲しい、その代償として控訴会社に対する市の入札指名回数を増やすなどの便宜をはかる、と言われたので、同年七月二六日覚書を被控訴会社との間に取り交し、富士宮市から受注した工事の相当部分をそのまま被控訴会社に下請させることにしたところ、さらに、植松市長から昭和五六年五月一四日市長室において右覚書の期間を一年延長することを要請され、控訴会社はやむなくこれを受け入れたが、控訴会社が自社に何の利益もなく大量に被控訴会社に下請に出したことが控訴会社の経営悪化の原因となつているというものである。すなわち、要するに、被控訴人稲葉と植松市長とが意思を通じて、控訴会社に対する入札指名回数を増やすことと引換えに、控訴会社に対し被控訴会社に一括下請に当たるような下請発注をするよう求め、控訴会社はやむなくこれに応じたというものであつて、これは被控訴人稲葉が被控訴会社の代表取締役として富士宮市の建設行政上不正な行為を市長に要請し、実行せしめたということを意味し、被控訴人らに対する社会的評価の低下、とりわけ、商取引、公共工事の受注上著しい信用失墜をもたらす事柄であり、被控訴人らの名誉を毀損するに足りる事実の摘示であることは明らかである。

四控訴人らの抗弁について

(一)  本件で摘示された事実が公共の利害に関わる事柄であることは内容上明らかであり、摘示事実が真実であるとすれば、その動機も少なくともその一半は公益を図るにあるものと推定することができる。

そこで、以下本件摘示事実の真実性についての証明があるか否かについて検討する。

(二)  <証拠>によると、経過説明書にある昭和五五年六月上旬ころ及び昭和五六年五月一四日、被控訴人稲葉と控訴人義孝が市長室において植松市長と面談したことが認められる。また、<証拠>によると、被控訴会社と控訴会社とは昭和五五年七月二六日ころ、控訴会社が昭和五六年三月末までに富士宮市から受注する公共土木建設工事を被控訴会社と控訴会社とが交互にその各責任において施行することとし、名義料の支払等一切行わないこと等を内容とする覚書に調印したこと、この覚書は、被控訴会社が当時建設業を始めて間がなく、富士宮市の公共工事の入札指名の資格を取得するため工事実績を作る必要があつたので、控訴会社が公共工事の受注機会を与えてこれに協力することと、その際控訴会社が名義料等の名目での金銭を取得することなく、被控訴会社に市の発注金額そのものの入金を確保させることを趣旨とするものであること、被控訴会社は、昭和五五年及び昭和五六年度に右覚書に基づいて控訴会社から富士宮市発注の公共工事六件(入札参加願に記載された下請金額合計三億〇九六六万四〇〇〇円)を下請し、そのうち五件を富士宮市の発注金額とほぼ同額で受注したこと、以上の事実が認められ、右覚書の内容は、建設業法で禁止されている一括下請に該当する行為をすることを内容とするものといわざるを得ない。

(三)  ところで、右の二度の市長室訪問の趣旨及び会話内容について控訴人義孝はその本人尋問において経過説明書の記載に副う供述をしているところ、これに対し前記証人植松義忠、被控訴人稲葉は、昭和五五年六月上旬は当選直後の表敬訪問であり、昭和五六年五月一四日は控訴会社の入札指名についての陳情である旨供述しており、本件の摘示事実の直接の証拠は、控訴人義孝の右供述のみであるから、まず右供述の信憑性について検討することにする。

控訴人義孝が昭和五五年六月上旬に被控訴人稲葉と植松市長を訪問した趣旨についての控訴人義孝の供述には変遷がみられる。すなわち、経過説明書の記載では、昭和五五年六月上旬の植松市長との面談の際に植松市長から被控訴会社を下請業者に使うことの要請とそのために控訴会社に対する入札指名回数を増やす旨の約束があつたことが被控訴会社と覚書を交して下請にした動機であるとしているが、控訴人義孝の原審及び当審における供述は、控訴会社が被控訴会社に対して富士宮市発注の工事を回すために入札指名回数を増やして欲しい旨を市長に頼みに行つたというものであり、市長との右面談以前に控訴会社が被控訴会社に仕事を回すことを決断していたように受けとれる。もつともこの点について控訴人義孝は、原審において、昭和五五年六月上旬以前に被控訴人稲葉から覚書の内容に相当する申入れを受けていたが、それに対して返事をしていなかつた旨の、また経過説明書の下書の顛末書を示して尋問されたときには植松市長から実績をつけるため一年間下請をさせてくれと頼まれた旨の供述もしてはいるが、経過説明書と本人尋問における控訴人義孝の供述のニュアンスは大きく異なるといわざるを得ない。

また、控訴人義孝の原審における本人尋問の結果によれば、同控訴人は被控訴人稲葉に対して植松市長を選挙で応援しなかつたことについて取りなしてくれるよう依頼し、前記面談後の同年七月一日及び同月一五日にも市議会議員の鈴木吉保に口添えしてもらい植松市長宅あるいは市長室を訪問して同市長との関係の改善に努力していることが認められるが、もしも前記面談が市長から控訴人義孝に対し控訴人ら主張のような要請をする趣旨のものであつたのであれば、その段階で右関係修復は事実上済んでいたはずであつて、その後さらに同控訴人において第三者を介し右のような努力をする必要があつたとは考え難い。さらに、<証拠>によれば、昭和五五年度から昭和五六年度にかけて富士宮市の控訴会社に対する入札指名回数は他の業者に比して格別多くなつていないことが認められるが、控訴人ら主張のように市長が積極的に被控訴会社を下請として使うことを要請し入札指名回数の増加を約束したにもかかわらず右のような結果に終つたとすれば、これについて控訴会社と市長又は市当局との間になんらかの折衝があつてしかるべきであるのに、約一年後の後記昭和五六年五月一四日の面談まで、そのような折衝がされた形跡は存しない。

次に、昭和五六年五月一四日控訴人義孝が被控訴人稲葉とともに市長室を訪問した趣旨について、経過説明書には、被控訴人稲葉に誘われて市長室へ行つたところ、植松市長から、覚書では被控訴会社に下請させるのは今年の三月までになつているが、指名業者にするには二年間営業実績のあることが必要だからもう一年被控訴会社に下請をさせてくれと頼まれたとあり、原審における控訴人義孝の供述によると、前示の顛末書を示して尋問されたときはそのような供述をしているが、他のときは明確な供述はなく、むしろ前後の経緯から同人は右のような用件で被控訴人稲葉あるいは植松市長から呼ばれて市長室に行つたのではなく、控訴会社が覚書による取決めをさらに一年間延長して実施することを前提として、入札指名回数を増加してくれるよう市長に依頼しに行つたものと認められる。そのうえ、<証拠>によると、富士宮市の指名業者の選定は助役等によつて構成される建設業者選定委員会の決定するところによつており、かつ、選定されるには二年以上の建設業等の実績があることを要するとの内規があることが認められるから、右五月一四日の面談の際植松市長が下請期間の延長を求める前提として、一年位で被控訴会社を指名業者にしようと思つていた旨述べたとする経過説明書の記載や原審における控訴人義孝の前記の供述の一部は不自然である。

そして、後記のように被控訴人稲葉と控訴人義孝が昭和五六年五月二一日に富士宮市の総務部長を訪ねて控訴会社に対する入札指名回数を増やしてもらいたい旨申し入れ、これを簡単に断られて被控訴人稲葉が憤慨しているところから見ると、昭和五五年六月又は昭和五六年五月の市長との面談の際に会社に対する入札指名回数を増やすという明確な約束がされたとは考え難い。

(四)  次に、原審証人佐野猛の証言、原審における録音テープの検証の結果及び控訴人義孝本人尋問の結果によれば、控訴人義孝は、昭和五六年九月四日の富士宮市議会全員協議会において控訴会社と被控訴会社との間に一括下請がされている疑いがあるとの追及がされ、これに対し市当局が事実関係を調査し、そのような事実があれば厳しい処分を検討する旨答弁したことを聞き、控訴会社の相談役であつた佐野猛と相談のうえ植松市長に電話をかけ、その会話を録音したこと、右電話は、一部市議会議員らとともに植松市長を失脚させることをもくろんでいた佐野猛が控訴人義孝から一括下請は市長も承知していると聞き、右一括下請が違法性を欠くものであることを立証するとともに植松市長を失脚させる材料をも取得する目的で同控訴人にすすめてかけさせたものであることが認められる。そして、右録音テープによれば、右電話において控訴人義孝は指名停止処分がされると控訴会社が苦しくなるのでそうならないようにしてほしい旨懇請し、その中で被控訴会社を下請にしたのは植松市長に頼まれたからであり、そのことを公表することになるかも知れないことを匂わせているが、これに対し、同市長は、被控訴会社と控訴会社とは昭和五五年六月上旬に控訴人義孝らが市長室に来た時より以前からつながつていたらしい、とか「別に俺が紹介して開拓社の面倒を見ろと言つたわけじやない。」とか答えて右事実を一応否定しているものの、その一方で、控訴人義孝が「市長さんから頼まれてね」とか「市長さんと開拓社には特別な関係はないんですね」などと水を向けたのに対しては「そりやいいんだよ」、「そんな関係ないと言やそれきりだもんな」、「陳情に来たけどそれ聞いただけだよと言われりやそれつきりだもんな」、「別に証拠があるわけじやなしな」といつた発言をしていることが認められ、これら発言は被控訴会社と控訴会社との下請関係に同市長が関与したことを暗示しているように受け取れなくもない。しかし、右証拠がない云々等の発言は、一括下請の問題について市議会で追及されるのは書類上、手続上の不備の問題であつて、控訴会社と被控訴会社との関係や市長の関与の有無の問題ではない、という文脈の中でされたものであることが明らかであるし、前記植松証人の証言によれば、もともと植松市長は被控訴人稲葉とは個人的な交際があつたことが認められるから、同市長が同被控訴人と同道して挨拶に来た控訴人義孝に対し被控訴会社を宜しく頼むという程度の儀礼的な依頼をしたとしても不思議はなく、右録音テープをもつて同市長の関与を根拠づけるに足りる証拠ということは困難である。

(五)  仮に市長の関与がないとした場合、前記のように覚書に基づいて富士宮市から受注した工事の半分を何の利益も取得することなく被控訴会社に回すについて控訴会社がしかるべき動機を有したかどうかの点を検討する。

<証拠>によると、控訴人義孝は昭和五四年に宅地造成の仕事を被控訴人稲葉から紹介されて手がけた際、同被控訴人から特定建設業を始めたいと相談を受け、そのために必要なアドバイスをしたり、自ら被控訴会社の役員になつたほか、実弟の加瀬澤保やもとの使用人の小井手幸雄を被控訴会社の役員に就任させてその陣容を整えてやつたりし、被控訴会社の事業開始に協力したこと、前記のとおり被控訴人稲葉は植松市長と個人的交際があつたところ、控訴会社は公共土木建設事業の受注をその主たる業務内容としていながらその代表取締役である控訴人義孝が市長選挙の際対立候補を支持し、植松市長と気まずい関係にあつたので、被控訴人稲葉を介して右関係を修復したいと望んでいたこと、控訴会社の経営状態は昭和五〇年ころ植松市長から指名停止処分を受け大きな打撃を受けてから立ち直れずずつと思わしくなかつたところ、被控訴人稲葉は昭和五五年七月に控訴会社に対し九〇〇〇万円の工事の受注をあつせんしてやり、その後にも控訴会社が取引銀行から借入れをする際何度か口添えをし、また、被控訴会社は控訴会社に対し同年七月一四日二〇〇万円、同月一九日一〇〇〇万円、昭和五六年四月二四日五〇〇万円を無担保で貸し付けてその資金繰りに協力したこと、他方、控訴会社も被控訴会社に対し昭和五六年八月三一日二〇〇〇万円を貸し付けたほか融通手形を貸してやるなどしてその資金繰りに協力し、両社は持ちつ持たれつの関係にあつたこと(なお、控訴会社は昭和五七年一二月に、被控訴会社は昭和五八年九月にそれぞれ倒産している。)、控訴会社から被控訴会社に下請をさせたことが控訴会社の業績不振の主な原因とはなつていないこと、控訴人義孝は被控訴人稲葉方に宿泊した国会議員といつしよにゴルフをさせてくれるよう同被控訴人に依頼したり、同被控訴人の紹介で国会議員の後援会に入会したりしていることが認められる。

右事実関係からすると、控訴会社が植松市長の関与なしに被控訴会社との間に前記覚書記載のような合意をすることがあながち不自然であることは断じられない。

(六)  <証拠>によれば、昭和五六年度に富士宮市から富士宮駅前広場整備事業第二期工事を請け負つた戸田建設株式会社が被控訴会社を下請として使うに際して植松市長が口添えをした事実が認められる。

しかし、右事実があるからといつて直ちに控訴会社と被控訴会社との間の本件の下請関係にも植松市長が関与したとは解し難い。

(七)  <証拠>によると、昭和五七年九月二二日に開催された富士宮市議会の特別委員会(いわゆる百条委員会)において、証人大崎敏男は、被控訴人稲葉と控訴人義孝が昭和五六年五月中旬ころ(<証拠>によれば、正確には同月二一日)同市の総務部長の職にあつた大崎敏男を訪ねて来て、被控訴人稲葉が控訴会社に対する入札指名回数が少ないから増やしてほしいと申し入れたが、これに対して大崎がそのようなことができない旨答えたところ、被控訴人稲葉から「ばか野郎」「この野郎」などとののしられた旨及びその際市長の名前が出たようにも記憶している旨を供述していることが認められる。しかし、右供述において市長の名前がどのような形で出たのかはつきりせず、また、右証言によれば同人が市長から控訴会社に対する指名を増やすよう指示された事実もないことが窺われるうえ、真実市長が了解しているのであれば、右のように悪罵を放つただけでことが終るはずがないから、被控訴人稲葉が仮に大崎に対し、市長も承知しているから指名を増やせと言つたとしても、右は同被控訴人が単なる方便として用いた言辞にすぎないものと考えるほかはない。

(八)  以上のとおり、植松市長が控訴人義孝に被控訴会社を下請に使うよう要請する一方控訴会社に対する指名回数を増やす旨約束したこと、したがつてまた、被控訴人稲葉が被控訴会社の代表者として植松市長にそのようなことをするよう要請したとの抗弁事実については、これに副う控訴人義孝の前記供述は疑問点が多く前記植松義忠の証言、被控訴人稲葉の本人尋問の結果に照らして措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、本件では摘示事実の真実性の証明がないことになる。

五そうすると、控訴人義孝、同理は本件の名誉毀損につき共同不法行為者として被控訴人らに対し責任を負い、右控訴人らの行為は控訴会社の業務の一環として行われたものであるから、控訴会社もまた不法行為責任を負うものである。

そこで被控訴人らの損害について検討するに、経過説明書の内容が被控訴人らの社会的評価を害するものであること、右書面が富士宮市の幹部職員や市議会議員に送付され、控訴人義孝、同理がこれについて市議会の全員協議会で説明し、控訴人理がこれについてテレビのインタビューに応じたことは既に述べたところであり、また、右書面について、市議会で百条委員会が設置され、被控訴人稲葉も証人として召喚されたこと、市議会で問題となつたことが新聞(静岡新聞、岳陽新聞)により報道されたことは、<証拠>によつて明らかである。しかし、被控訴人稲葉は被控訴会社の代表者として、植松市長の関与がないにせよ、控訴会社との間で一括下請を内容とする覚書を交し、これを実行していたのであり、そのこと自体を市議会において問題とされ批判を受けるのはやむを得ないことである。その他本件に顕われた一切の事情を考慮すると、本件の名誉毀損による被控訴人らの慰藉料はそれぞれ金一〇〇万円をもつて相当とする。

また、被控訴人らが受けた社会的評価の低下を回復するについて控訴人らに原判決別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を命ずるのが相当である。ただし、掲載紙については、朝日新聞、岳南朝日についてはこれら紙面において本件の経過説明書に関して報道されたことの立証がないので、除くことにする。

そして、被控訴人らが本件訴えの提起につき被控訴人ら訴訟代理人に訴訟追行を委任したことは記録上明らかであり、弁護士費用の損害賠償は各被控訴人にそれぞれ金三〇万円の限度でこれを認めるのが相当である。

七以上によれば、本訴請求を各被控訴人につき金一三〇万円とこれに対する不法行為の後である昭和五七年九月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原判決別紙(一)の謝罪広告の掲載を求める限度で認容し、これを超える部分を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野達 裁判官加茂紀久男 裁判官河合治夫)

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